「ヒーロー大集合だね」
「だな」
演習場を通り抜け、建物の陰に身を隠しながらあたりを窺う。
入試の説明会や、終業式などの際につかった無駄に広い講堂の前には見覚えのあるヒーローが集まっている。デスクが隣の先輩も、轟が事務所独立の際に引き抜いた信頼できるサイドキックもいる。
「ナマエ、イレイザーヘッドの位置は?」
「あの扉の向こう」
講堂の奥にヒーローが固まっている。その中にはイレイザーヘッドもいた。顎をしゃくり、扉を示せば、轟は頷いた。
「俺が足止めするからその間に……」
「もう離さないんでしょ」
轟の言葉に声を被せる。
映画やドラマではない、これは現実だ。大団円を迎えられるとも限らない。それでも一人で逃げるだなんて御免だ。
「ここまできたら一蓮托生だよ。地獄でもどこでも着いてきなさいよ」
胸の内側に冷たい風が吹き込んできたかのような感覚に、身体がぶるりと震えた。これは武者震いであると言い聞かせるかのように、私は挑発的な笑みを浮かべ、余裕であるかのように振る舞う。
「駆け抜けるよ」
「そうはさせないぞ」
走り出そうとした私たちの前に突風が発生した。巻き上げられた砂埃が頬に当たり、バチバチと音がした。
「飯田」
轟が静かな声で男の名を呼んだ。
ゆっくりと目をひらけば、そこにいたのは私たちのクラスの委員長、飯田だった。コスチュームに覆われて表情は分からないが、紛れもなく彼だった。
緑谷に続き、飯田までも敵対しなくてはいけない状況に轟は困惑と苛立ちを滲ませた。
「飯田くんは私が……」
「ナマエ!」
飯田くんと轟の間に立とうとすれば、鞭のようにしなる何かがこちらに向かってくるのが見えた。反応が遅れた私を庇うように轟が氷壁を築いた。
「ごめんなさいね。不意打ちだなんて、お友だちに酷いことをしてしまったわ」
弾かれた舌をもどした梅雨ちゃんは悲しげに目を伏せた。しかし手を引いてくれる様子はない。
「もう一度いけるか」
「……もちろん」
轟の問いに首肯を返す。すぐ隣に轟を感じるだけで力が湧いてくる。気持ちを奮い立たせ、全ての力を押し出す。
轟が炎を出すと共に突風を起こし、道をつくる。轟の左上半身を覆う布が焼け落ち、私の髪の毛も熱により縮れていく。
いつか見たサーカスのライオンはこのような気持ちだったのだろうか。緊張、恐怖、そして高揚──それは轟も同じだったようで僅かにあがった口端が物語っている。
「下がっていてくれ!」
スタートを切るような姿勢をとった飯田くんがぐっと地面を蹴った。脚のエンジンが低い音を鳴らし、彼が走ったことによって新たな風の流れができる。
どうやら私のつくり出した突風とぶつけ、勢いを相殺しようとしているらしかった。
こんなところで足を止めるわけにはいかないのだ。奥歯をグッと噛み締め、負けじと風で押し返す。
肺のあたりが重たくなってきて、息が苦しい。それでも風をコントロールしながら、前を走る轟の広い背を追いかける。
拮抗していた力も、徐々に押され気味になっている。ただでさえ戦闘つづきで体力を消耗しているのだ、万全の状態で備えている飯田に正攻法で勝てるはずがない。
均衡が崩れつつあるのを感じ取ったのか、轟は強めた火力で相手を牽制しながら、私を抱えて物陰に隠れた。
「空気を圧縮できるか?」
「何するつもり……?」
「少し手荒になっちまうが、手段も選んでられねぇから……一気に吹き飛ばす」
できるかと尋ねておきながら、不可能だと返された時のことは考えていない様子だ。随分と高い評価をされているらしい。
足音が近くなるたびに緊張を強め、個性の調整が乱れる私の手を、轟は「大丈夫だ」といって握ってくれた。
震えが落ち着いた手の中で空気を圧縮していれば、轟が右手の個性をつかって冷やしているらしかった。
「規模は?」
「地面が抉れるくらい」
「充分だな」
掛け声もなく、同時に物陰から飛び出す。圧縮され、冷却された空気を解放すると同時に、轟は炎を出した。
「危ねぇからちゃんと避けろよ」
爆発する数秒前にいった轟の言葉を理解したのか、それとも本能的に危険を感じ取ったのかヒーローたちが蜘蛛の子を散らすように、四方八方に駆けた。
爆風があたりの木々を薙ぎ倒し、石畳を吹き飛ばした。
「……ナマエ!」
「何!」
えぐれた地面から砂埃が舞う中、私と轟は講堂を目指して走る。個性で風の流れをつくったとはいえ、爆風の中を進むのは困難だ。その中、声を張り上げなにやら話しかけてきた轟に、叫ぶようにして返事をする。
すでに体勢を整えた飯田くんが攻撃を仕掛けてきた為、近接戦に備える。
エンジンによって加速した蹴りを寸前でかわし、無防備になっていた腕を掴む。片足を軸にして回転し、遠心力も利用しながら投げ飛ばした。
広域攻撃を得意とする轟だが、体力気力ともに消耗した状態ではリスクが高いと判断したのか、近接戦に持ち込んでいる。繊細さのカケラもない、パワーだけに任せた闘い方だ。
後方に飛び退き、背中合わせになれば彼が肩で呼吸しているのが分かった。
身体が限界を訴えているのは私も同じだ。ゼーゼーと嫌な音が胸の辺りからしていることに気付いたのか、轟が大丈夫かといいたげに視線を寄越した。
「今日の夕飯、何がいい?」
「蕎麦が食いてぇ。乾麺、買い置きあったろ?」
「つくり甲斐がないなぁ」
大丈夫かという問いには答えず、夕飯のリクエストをきけば、轟は口端の血を雑に拭いながら好物を口にした。しかもただ茹でるだけの乾麺ときた。
つくり甲斐のなさを笑えば、轟もつられて笑った。